口は健康寿命の入口

健康とからだ

― 食べる・話す・笑う力を守るオーラルケア ―

この記事は、シリーズ「これからの時間をひらく、日々の習慣」の第3回です。

第2回では、ロコモ、サルコペニア、フレイルという3つの言葉を手がかりに、歩く力を守るための考え方を整理してみました。

今回は、食べる・話す・笑う力を守る口腔ケアについて考えてみたいと思います。
口腔ケアと聞くと、虫歯や歯周病を防ぐための「歯みがき」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

もちろん、歯を磨くことは大切です。

けれども、口の健康が支えているものは、歯だけではありません。

食べること。
味わうこと。
飲み込むこと。
話すこと。
そして、人と顔を合わせて笑うこと。

口は、栄養を取り入れる入口であると同時に、人や社会とつながる入口でもあります。

これからの時間を、自分らしく快活に過ごしていくために。今回は、口の健康を少し広い視点から考えてみたいと思います。

口の中だけの問題ではなかった

口腔ケアについて調べてみると、口の状態が全身の健康ともつながっていることに驚かされます。

特に歯周病と糖尿病は、互いに影響し合う関係にあります。

糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、感染や炎症への抵抗力が弱まり、歯周病が進みやすくなります。一方、歯周病による慢性的な炎症が、血糖の管理を難しくする可能性もあります。日本歯周病学会でも、糖尿病のある人を対象とした歯周治療のガイドラインが作成されています。

また、口の中の細菌を含んだ唾液や食べ物が誤って気管に入り、肺炎を起こすことがあります。これが誤嚥性肺炎です。

予防には、口の中を清潔にするだけでなく、飲み込む力、食べる姿勢、口の乾燥、食事の形などにも目を向ける必要があります。

歯周病と心臓や血管の病気との関連も研究されています。

ただし、歯周病を治療すれば、心筋梗塞や脳梗塞を必ず防げるとまでは分かっていません。喫煙、飲酒、糖分の多い食生活など、口の病気と糖尿病、循環器疾患に共通する生活上の要因もあります。WHOも、口腔疾患と主要な生活習慣病には共通するリスク要因があると説明しています。

認知症についても、歯周病、歯の喪失、噛む力の低下との関連を調べる研究が進められています。

しかし、現時点で「口腔ケアをすれば認知症を予防できる」と単純に言うことはできません。

噛みにくくなって食事が偏ること、低栄養になること、外食や会話が減ることも考えられます。反対に、認知機能の変化によって、歯みがきや歯科受診が難しくなることもあります。

分かってきたことに期待を持ちながら、まだ分からないことは分けて考える。その姿勢も大切にしたいと思います。

口の変化は、小さなところから始まる

口の力は、ある日突然失われるとは限りません。

以前より硬い物を避けるようになった。
食事中に少しむせる。
食べこぼしが増えた。
滑舌が変わった。
口が乾く。
錠剤が飲みにくくなった。
人と話す機会が減った。

こうした小さな変化は、「オーラルフレイル」の入り口かもしれません。

オーラルフレイルとは、噛む、飲み込む、話すといった口の働きが、少しずつ低下していく状態です。わずかなむせ、滑舌の低下、噛めない食品が増えることなどから始まるとされています。

噛みにくいから、柔らかい物ばかり食べる。
食べられる物が減り、栄養が偏る。
食事が楽しくなくなり、人と食べる機会が減る。

そんな小さな連鎖が、体力や社会とのつながりにまで影響することがあります。

けれども、早く気づけば、歯の治療、入れ歯の調整、栄養の改善、口の体操などによって、整え直せることもあります。

「もう年だから」と片づけず、口から届く小さなサインに気づくことが第一歩です。

歯みがきは、自分でできる大切な一歩

口の健康は、歯みがきだけで守れるものではありません。

それでも、毎日の歯みがきは、自分で取り組める大切な習慣です。

歯垢、いわゆるプラークは、食べかすそのものではなく、多くの細菌が集まった粘着性のあるかたまりです。まず歯ブラシなどで、物理的に取り除くことが基本になります。

ただし、歯ブラシだけでは、歯と歯の間や歯並びが重なった部分まで十分に届きません。

歯と歯の間が狭い場所には、デンタルフロスが向いています。糸を歯肉に勢いよく当てず、歯の側面に沿わせてゆっくり動かします。

歯肉が下がって少し隙間がある場所や、ブリッジの周辺などには、歯間ブラシが使いやすい場合があります。太すぎる物を無理に入れると歯肉を傷つけるため、自分に合うサイズを歯科医院で教えてもらうと安心です。

基本的には、

狭い隙間にはフロス、少し開いた隙間には歯間ブラシ。

ただし、同じ人の口の中でも、場所によって両方を使い分けることがあります。厚生労働省も、歯ブラシでは清掃しにくい歯間部に、フロスや歯間ブラシを使うことを勧めています。

洗口液は、歯みがきの代わりではない

マウスウォッシュなどの洗口液は、口臭予防や細菌の増殖を抑える補助として役立つことがあります。

しかし、粘着性のある歯垢は、口をすすぐだけでは十分に落とせません。

基本となるのは、歯ブラシやフロス、歯間ブラシによって、歯垢を直接取り除くことです。洗口液は、その働きを補うものと考えるのがよいでしょう。

なお、口をすすいで使う「洗口液」と、口に含んだ後に歯ブラシで磨く「液体歯みがき」は、使い方が異なります。商品の表示を確認することも大切です。

口が乾きやすい人や刺激が苦手な人には、アルコールを含まない低刺激の製品が使いやすいこともあります。

歯科医院は、悪くなってから行く場所だけではない

毎日きちんと磨いているつもりでも、磨き残しは生まれます。

歯垢が長く残ると、唾液の成分によって硬い歯石に変わります。いったん歯石になると、歯ブラシでは取り除けません。

歯科医院では、歯石や自分では落としにくい歯垢を取り除くだけでなく、歯周ポケット、出血、虫歯、歯の揺れ、噛み合わせ、入れ歯の状態なども確認してもらえます。専門家による歯面清掃は、家庭では取りきれない汚れを取り除き、虫歯や歯周病になりにくい環境を整えるために行われます。

そして歯科医院は、歯を治療するだけの場所ではありません。

自分に合う歯ブラシ、歯間ブラシのサイズ、フロスの使い方、入れ歯の清掃方法などを教えてもらう場所でもあります。

家庭で行うセルフケアと、歯科医院で受ける専門的なケア。

この二つを組み合わせることが、口の健康を守る基本です。

口は、きれいにするだけでなく使う

口の健康には、清潔を保つケアと、機能を保つケアの両方があります。

よく噛む。
人と話す。
声を出して読む。
歌を歌う。
舌や唇を動かす。

こうした日常の行動も、口の働きを使う機会になります。

例えば、朝に新聞やブログの記事を一段落だけ声に出して読む。好きな歌を口ずさむ。家族や友人と話す。少し歯ごたえのある食材を、無理のない範囲でよく噛んで味わう。

特別な運動を始めなくても、日常の中に口を動かす機会はあります。日本歯科医師会も、唇、頬、舌を動かす体操や早口言葉などを紹介しています。

ただし、むせる回数が増えた、食べ物が喉につかえる、声がかすれる、食後に咳が出る、体重が減ってきたといった変化がある場合は、体操だけで済ませず、歯科や医科へ相談することが大切です。

その人に合った方法を探す

口の状態も、生活環境も、人によって違います。

手が動かしにくい人は、歯ブラシの持ち手を太くしたり、電動歯ブラシを検討したり、椅子に座って磨いたりする方法があります。

入れ歯を使う人は、入れ歯だけでなく、残っている歯、歯肉、舌、上あごなども清潔にします。痛みや緩みを我慢せず、調整してもらうことも大切です。

口が乾きやすい人は、水分不足だけでなく、服用している薬、口呼吸、室内の乾燥などが関係している場合があります。薬を自己判断で中止せず、歯科医師や医師に相談します。

歯科医院への通院が難しくなった場合には、自宅や施設で診療を受けられる訪問歯科診療という方法もあります。

また、うがいが難しい人の口腔ケアでは、歯ブラシではがした汚れを誤嚥しないよう、特別な注意が必要です。家族だけで抱え込まず、歯科医師や歯科衛生士から、その人に合った安全な方法を教えてもらうことが大切です。

「正しい方法は一つ」と考えるのではなく、今の体と暮らしに合う方法を探していきます。

明日の「おいしい」を準備する時間

毎日の口腔ケアは、ときに面倒に感じます。

だからこそ、「病気にならないために、きちんと磨かなければならない」とだけ考えない方が、続けやすいかもしれません。

明日も好きな物を味わうため。
旅先の料理を楽しむため。
誰かと話し、笑うため。

歯みがきは、明日の「おいしい」と「楽しい」を準備する時間でもあります。

好きな音楽を一曲聴きながら磨く。
週に一度、鏡で歯肉の色や腫れを見る。
歯ブラシを交換する日を決める。
朝食や散歩と歯みがきを一つの流れにする。

全部を完璧に行う必要はありません。

今日は歯間ブラシを一か所だけ使ってみる。
忘れた日があっても、明日また戻る。

自分でできるケアは、口の状態を自分で整えているという小さな手応えにもなります。

けれども、自分だけで何とかしようとしなくてもよいのです。必要なところは歯科医師や歯科衛生士に助けてもらい、生活全体の中で口の健康を守っていく。

口を整えることは、歯を守るだけではありません。

これからも食べ、味わい、話し、笑い、人とつながる力を守ること。

その小さな習慣が、これからの時間をひらき、毎日の快活な暮らしを支えてくれるのだと思います。

「これからの時間をひらく、日々の習慣」シリーズ記事

第1回:お酒は本当に少量なら体によいのか
— これからの時間をひらくために、アルコールとの距離を考える —
少量飲酒、発がん性、依存、判断力低下、睡眠、転倒、人間関係への影響を整理します。飲む人を責めるのではなく、人生後半の自由を守るために、アルコールとの距離を考える記事です。

第2回:歩く力は、40代から静かに変わる
— ロコモのはじまりに早く気づくために —
ロコモ、サルコペニア、フレイルの関係を整理し、筋力だけでなく、栄養、外出、人との関わりから考えます。毎日の歩行、たんぱく質、社会参加など、暮らしの中でできる予防を紹介します。

第3回:口は健康寿命の入口
— 噛む力・飲み込む力・話す力を守るオーラルケア —
歯、歯周病、入れ歯、噛む力、飲み込む力、オーラルフレイルを扱います。口の健康が、食事、会話、人とのつながりに関わることを伝えます。

第4回:生きがいは体に何をしているのか(準備中)
— 生きる意欲、脳、生活リズム、人とのつながり —
生きがいを、精神論だけでなく、生活リズム、外出、会話、脳への刺激、役割意識として考えます。大きな夢ではなく、小さな灯りとしての生きがいを扱います。

第5回:これからの時間を整える朝習慣(準備中)
— 散歩、朝食、歯みがき、日光、挨拶、小さな予定 —
朝の時間を、未来の自分を支える習慣として整える実践記事です。読者が「明日の朝から少しやってみよう」と思える内容にします。

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