――「ひとりの暮らしから、これからをひらく」第2回
一人暮らしになると、食事は少し不思議なものになります。
誰かのためなら、野菜を切ったり、もう一品つくったりできるのに、自分一人だと思うと、
「今日はこれでいいか」
となってしまう。
パンとコーヒーだけの日。
おにぎりだけの日。
コンビニのお弁当の日。
外で簡単に済ませる日。
そんな日があっても、もちろん構いません。
一人分の食事は、食材が余りやすく、買い物も調理も片付けも全部自分です。毎日きちんとつくり続けるのは、案外大変なことです。
だから今回は、「もっと料理をしましょう」という話ではありません。
自分一人だからこそ、自分が食べる一食を、ほんの少し大切にしてみる。
そんなところから考えてみたいと思います。
「自分一人だから、これでいいか」が続くとき
一人で食べることそのものが、悪いわけではありません。
静かに食べたい日もありますし、テレビを見ながら、自分の好きなものを自分のペースで食べる心地よさもあります。
ただ、「何を食べても同じ」「食べるのも面倒」と感じる日が続き、食べる量や食品の種類が少なくなってくると、栄養の偏りにつながることがあります。
厚生労働省は、高齢期の低栄養の要因として、食欲低下だけでなく、独居などの生活環境の変化、死別などによる精神的ストレス、口腔機能の低下、病気や薬の影響など、さまざまな要因を挙げています。
つまり、
「自分はだらしないから食べない」
という話ではありません。
気持ちにも、体にも、暮らしにも波があります。
まずは、そのことを知っておいてよいと思います。
まずは「今日は何を食べたいかな」
栄養バランスを考えることも大切です。
でも、その前に、
今日は何を食べたいかな。
と、自分に聞いてみてもよいのではないでしょうか。
旬の桃がおいしそうだった。
魚屋の刺身がきれいだった。
久しぶりにカレーが食べたい。
今日は温かいみそ汁がほしい。
そういう小さな「食べたい」が、食事の入口になります。
食べることが宿題になると、つらくなります。
でも、「これなら少し食べてみたい」と思えるものがあれば、その周りに自然と食事が組み上がっていくことがあります。
自分に贈る「今日の一品」
何か特別なことを成し遂げた日でなくてもよいと思います。
今日まで暮らしてきた自分に、
「よくやってきたね」
「今日も一日つないだね」
と、何か一つ贈ってみる。
少しよい刺身。
旬の果物。
好きなパン。
小さなケーキ。
いつもより少し香りのよいコーヒー。
高価なものでなくてよいのです。
自分のために選んだ一品であることが大切です。
誰かに勧められた健康食品ではなく、自分が「これを食べたい」と思ったもの。
食卓の中にそういう一品があるだけで、食事が「栄養を取る時間」から、「今日の自分を少し大切にする時間」に変わることがあります。
全部つくらなくていい
一人暮らしの食事では、頑張りすぎない仕組みも必要です。
スーパーの総菜。
冷凍食品。
缶詰。
宅配弁当。
ネットスーパー。
これらを「手抜き」と考えなくてもよいと思います。
自分の食事を組み立てるための、便利な部品です。
ご飯だけ自分で炊いて、焼き魚は総菜。
みそ汁だけつくって、主菜はお刺身。
冷凍ご飯と冷凍野菜に、卵を一つ。
それで十分な日もあります。
厚生労働省も、欠食や十分に食事が取れていない場合の選択肢として、配食弁当、食材宅配、缶詰などの活用を紹介しています。
「料理をするか、しないか」の二択ではなく、
できるところだけ自分でやる。
くらいが、一人の食事にはちょうどよいのかもしれません。
「食べられる状態」を少しつくっておく
ご飯は多めに炊いて、一食ずつ冷凍しておく。
これは、一人暮らしにはとても便利な方法です。
冷凍野菜。
卵。
納豆。
豆腐。
サバ缶。
ヨーグルト。
こうしたものが少しあると、
「何もないから食べなくていいか」
という日を減らせます。
そしてインスタントの日にも、一つ足してみる。
カップ麺に卵。
うどんに冷凍ほうれん草。
おにぎりに焼き魚。
パンにヨーグルトや果物。
毎回、主食・主菜・副菜を完璧にそろえる必要はありません。
今の食事に一つ足す。
それくらいなら、続けやすいと思います。
食欲がない日には
食べたくない日もあります。
疲れている。
暑さで食欲がない。
気持ちが落ちている。
そんなとき、最初から一食分を食べようとすると、それだけで負担になります。
少しだけ口に入れて、ゆっくり噛んでみる。
香りを感じる。
味を感じる。
唾液と混ざっていく感覚を確かめる。
すると、
「思ったより食べられそうだ」
となることもあります。
ただし、食欲が落ちた状態が続く、体重が減る、飲み込みにくい、体調の変化を感じる場合には、「気持ちの問題」だけにしないことも大切です。厚生労働省も、食欲低下には病気、薬、口腔機能、精神的ストレスなど複数の原因があり得るとしています。
そんなときは、一人で頑張らず、かかりつけ医などへ相談してください。
自分だけの「食べられない日のメニュー」
自分の気持ちや体調には、波があります。
ですから、
「こういう日は、これなら食べられる」
というものをいくつか知っておくと安心です。
おかゆ。
うどん。
スープ。
茶碗蒸し。
ヨーグルト。
果物。
人によって違って構いません。
これは、一人暮らしだからこそ身につけられる、自分の体との付き合い方でもあります。
思い出の一品を、もう一度
食べ物には、記憶を連れてくる力があります。
夫とよく食べた砂肝のコンフィとロゼ。
子どもが好きだった、少しカリカリに揚げた豚肉。
家族みんなで「私の分!」と言いながら取り合った料理。
母親が好きだった芋羊羹。
今、食卓に座っているのは一人でも、その料理を食べると、昔の食卓が少し戻ってくることがあります。
「あの人はこれが好きだったな」
そう思いながら食べる。
一人の食卓が、必ずしも一人だけの時間ではなくなる瞬間です。
寂しくなることもあるでしょう。
でも、懐かしさの中に、少し温かい気持ちが戻ることもあると思います。
季節を食べる
一人になると、
「自分一人だから、今年はいいか」
と、季節の行事を少しずつ手放してしまうことがあります。
でも、
土用には鰻。
春には筍。
秋には栗。
ひな祭りにはちらし寿司。
クリスマスにはコーヒーと小さなケーキ。
一人でも、季節は同じように巡ってきます。
季節のものを食べることは、
自分も今年の季節の中にいる
と感じることでもあると思います。
ときには、人のいる場所で食べる
季節の食事は、外へ食べに行くのもよいですね。
鰻の季節に鰻屋へ行く。
隣のお客さんとは、一言も話さないかもしれません。
でも、その店にいる人の多くは、
「今年も鰻を食べよう」
という同じ気持ちで来ています。
話さなくても、人の気配の中で同じ季節を味わう。
それも、一人で楽しめる食事の形です。
農林水産省の調査では、一人で食べる機会が多い人の中にも、「本当は誰かと食べたいが、時間が合わない」「一緒に食べる人がいない」と感じている人がいます。一方で、すべての一人の食事が孤独というわけでもありません。
だから、毎日誰かと食べる必要はありません。
ときどき、人のいる場所で食べる。
そのくらいの距離感が心地よい人もいるでしょう。
自分のための一食を、少し大切にする
毎日きちんと料理をしなくてもよいと思います。
総菜でもよい。
冷凍でもよい。
宅配でもよい。
インスタントの日があってもよい。
その中に、自分が少しうれしくなるものを一つ置いてみる。
旬の果物でも、好きなコロッケでも、昔を思い出す芋羊羹でも。
そして、ときには、
今日もよくやってきたね。
と、自分に食べさせてあげる。
食べることは、今日の体を養うだけではありません。
思い出とつながり、季節とつながり、人のいる社会とつながり、そして明日の自分へ命を渡していくことでもあります。
一人分だからこそ、自分のための一食を、少しだけ大切に。
その気持ちの先に、無理のない、少し豊かな食事がついてくるのではないでしょうか。
参考資料
- 厚生労働省「高齢者の低栄養予防」
- 厚生労働省「おいしく食べて低栄養予防!」
- 農林水産省「孤食の状況」
- 農林水産省「みんなと楽しく食べること」
第2回では、一人分の食事を無理なく整え、自分のために食べることの大切さを考えました。
でも、食事を整える方法を知っていても、ふと寂しくなり、食べる気持ちそのものが弱くなる日があります。
第3回では、一人の食卓に寂しさがやってきたとき、その気持ちを否定せず、少しずつ心を戻しながら、食べる力を手放さないための小さな知恵を考えます。


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