――孤食と、食べる力を手放さないための小さな知恵
「ひとりの暮らしから、これからをひらく」第3回
一人で食べることは、必ずしも寂しいことではありません。
好きなものを、自分のペースで食べる。
テレビを見ながらのんびりする。
静かな食卓で、今日一日を振り返る。
そんな一人の食事を心地よく感じる日もあります。
でも昨日までは何ともなかったのに、夕食の途中で、ふと、
「寂しいなあ」
と思う日もあります。
一人暮らしにも自由がある。
一人で食べることと孤独は違う。
人とのつながりが大切なことも分かっている。
分かっているんだよ。でも、やっぱり今日は寂しい。
そんな日もあるのが、人なのだと思います。
一人で食べることと、孤独に食べることは同じではありません
農林水産省の調査では、一人で食事をする機会の多い人ほど、主食・主菜・副菜をそろえる頻度や朝食を食べる頻度が低い傾向が報告されています。だから孤食と健康との関係には、注意を向ける必要があります。
ただし、
一人で食べている=孤独である
とは限りません。
孤独や寂しさは、心の中に生まれる「感覚」です。
家族と食卓を囲んでいても寂しいことがあります。大勢の人の中にいても、自分の居場所がないように感じることがあります。
内閣府の全国調査でも、孤独感は世帯の形だけでなく、死別、病気やけが、仕事や生活環境、人間関係など、さまざまな出来事と関係しています。
だから、一人で楽しく食べられる日は、その時間を大切にすればよい。
そして寂しい日は、
「今日は寂しい日なんだな」
と、認めてしまってもよいのではないでしょうか。
「今日は寂しい日なんだな」と置いてみる
寂しさがやってきたとき、
「こんなことで寂しくなってはいけない」
「もっと前向きにならなければ」
と思う必要はありません。
寂しいという気持ちを、すぐに追い払わなくてもよいと思います。
今日は寂しい。
まずは、それだけ。
そして少し余裕があれば、
「今日は、どうして寂しいのだろう」
と自分に聞いてみてもよいかもしれません。
人の気配が恋しいのか。
誰かを思い出しているのか。
今日は疲れて、少し心細くなっているのか。
誰かに話したいことがあったのか。
原因を突き止め、解決する必要はありません。
自分の寂しさの輪郭を少し知るだけで、そこから戻る道が見えることがあります。
寂しさから心を戻す、小さな道をいくつか持つ
寂しさを頭の中だけで追い払おうとせず、少し行動を変えてみます。
みそ汁を一口飲んで、温かさを感じる。
食べ物をゆっくり噛んで、味や香りに意識を戻す。
ラジオやテレビをつけて、人の声を部屋に入れる。
いつもの席ではなく、窓辺へ移って食べる。
お気に入りの器を使う。
食後に5分、10分だけ外を歩いてみる。
どれか一つで十分です。
寂しさを消す方法ではありません。
寂しさから少し離れて、自分のいる「今」に戻ってくるための小さな道です。
「今日はこれをやってみよう」という道を自分なりにいくつか持っていると、心細い日に助けになることがあります。
「失った人」ではなく、「一緒にいた人」を思い出す
一人の食卓では、ときどき昔の人が戻ってきます。
「あの人、これが好きだったな」
「この料理を、よく一緒に食べたな」
家族で取り合って食べた料理。
夫婦で少し奮発して飲んだワイン。
母親が好きだったお菓子。
もちろん、思い出せば寂しくなることもあります。
でも、その人は「いなくなった人」であるだけではありません。
自分と一緒に笑った人、一緒に食べた人、一緒に時間を生きた人でもあります。
写真や形見、仏壇など、大切な人を思い出せる場所を持っている人もいます。
そこに少し目を向け、
「ありがとう」
と思える日もあるでしょう。
寂しさの中に、懐かしさや感謝が少し混ざるだけでも、心の景色が変わることがあります。
誰かに連絡するときは、返事まで預けすぎない
寂しいとき、誰かに短い連絡をしてみるのも一つの方法です。
「今日、こんなものを食べたよ」
その程度でよいと思います。
ただ、相手にも相手の生活があります。
返事が翌日になるかもしれません。
こちらが期待していた言葉とは違う返事が来ることもあります。
寂しいときほど、そこにがっかりしてしまうことがあります。
だから、
私は少し人とつながるために一本送った。返事は相手の時間に任せよう。
くらいの距離感も大切です。
食べる力まで、寂しさに渡さない
ここで一つだけ、大切にしたいことがあります。
寂しいことはあってよい。
食欲のない日もあります。
でも、その寂しさによって、体を養う食事まで細くなってしまわないようにしたい。
温かいスープだけでもよい。
おにぎり一つでもよい。
ヨーグルトや果物でもよい。
まずは、食べられそうなものを少し。
厚生労働省は、死別による精神的ストレスや独居などの環境変化も、高齢期の食欲低下や低栄養に関わり得るとしています。食欲低下が長く続く、体重が減る、飲み込みにくさなどがある場合は、「寂しいからだ」と一人で抱えず、医療機関などへ相談することも大切です。
寂しさをうまくかわしながら、自分を養う食事へ戻ってくる。
それも、一人の暮らしを支える知恵の一つだと思います。
明日に、小さな予定を一つ置いてみる
食事が終わったら、
「明日の朝は、好きなパンを食べよう」
「明日は散歩の帰りに、あの店へ寄ってみよう」
そんな小さな予定を一つ置いてみる。
大きな目標はいりません。
今夜の寂しさの少し先に、小さな明日を置いておく。
今日感じている気持ちが、明日もまったく同じとは限りません。
寂しい日があっても、また食卓へ戻ってこられる
一人で食べることを楽しめる日があります。
静かな時間を幸せに感じる日もあります。
そして突然、
「今日は寂しいな」
と思う日もあります。
その行ったり来たりでよいのだと思います。
寂しさをなくすことを目標にしなくてもよい。
「今日は寂しい日なんだな」と認めて、少し味を感じ、人の声を聞き、昔を思い出し、少し歩き、また食卓へ戻ってくる。
自分なりの「戻り道」をいくつか持っておく。
そして、
寂しい日があっても、自分を養う食事まで手放さない。
今日食べた一食が、また明日の自分へつながっていきます。
参考資料
内閣府「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和7年)」
- 農林水産省「一日の全ての食事を一人で食べている『孤食』の状況」
- 厚生労働省「高齢者の低栄養予防」
「ひとりの暮らしから、これからをひらく」全11回
第1回 一人で暮らすことと、孤独に生きることは同じではない
増える単身世帯や家庭の中にもある孤独を知り、一人暮らしを誰にとっても身近になり得る暮らしとして考えます。
第2回 一人分の食事を、簡単に、豊かに整える
総菜、冷凍、宅配なども利用しながら、自分のために食べる気持ちを大切にし、無理のない食事を考えます。
第3回 一人の食卓に、寂しさが座ってきたら
一人の食卓でふと寂しくなったとき、その気持ちを受け止め、食べる力を手放さないための小さな知恵を考えます。
第4回 病気やけがのとき、誰に何を頼るか
体調不良、入院、退院後などに、一人ですべてを抱えず、医療、友人、地域、行政などへ役割を分けて頼る方法を考えます。
第5回 細いつながりを、暮らしの中に何本か持つ
月に一度連絡する人や、散歩で挨拶する人など、無理のない小さなつながりの意味を考えます。
第6回 一人の時間を楽しむ――静けさ、学び、趣味
自分のペースで過ごせる静けさ、学び、趣味、そして何もしない時間も、一人で暮らす自由として見つめます。
第7回 一人旅は、小さな自由を取り戻す旅
一人旅だからこそ持てる自由と、体調、安全、移動などへの無理のない備えを考えます。
第8回 一人暮らしの住まいを、小さく安全に整える
浴室、階段、室温、防災、買い物などを見直し、安心して暮らし続けられる住環境を考えます。
第9回 一人の家計――自由を守る固定費と備え
住居費や光熱費などの固定費を整理し、切り詰めるだけでなく、自由と安心を守る家計を考えます。
第10回 AIは、一人暮らしの伴走者になれるか
見守り、健康、買い物、情報整理、会話など、人や社会を補うAIの可能性を考えます。
第11回 最後まで自分らしく暮らすための小さな準備
医療や介護の希望、緊急連絡先、住まい、持ち物などを整理し、今の安心につながる準備として考えます。


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