歩けない日にも、未来は小さくひらく
「健康のために歩きましょう」
そう聞くと、多くの人は、
「毎日30分」
「3000歩」
「できれば1万歩」
そんな数字を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、歩くことが体によいのは、多くの人が感じていることです。
でも、現実の毎日は、そんなに単純ではありません。
体が重い日もあります。
気持ちが乗らない日もあります。
外に出る用事がない日もあります。
お金を使いたくなくて、カフェや買い物に出るのを控える日もあります。
気づけば、一日ほとんど家の中で過ごしていた、という日もあるでしょう。
そんなときに、
「今日は3000歩も歩けなかった」
「やっぱり続かない」
「自分はだめだな」
と思ってしまうと、次の日の一歩まで重くなってしまいます。
でも、私はこう思います。
5メートルだけでも良いですよ。
窓辺まで。
玄関まで。
廊下を少しだけ。
ベランダの手前まで。
家の前に出るだけでも。
それは、距離としては短いかもしれません。
でも、まったく動かなかった一日とは違います。
WHO(世界保健機関)は、身体活動について「どんな量の身体活動でも、ないよりよい」「すべての身体活動は数えられる」という考え方を示しています。もちろん、健康上の大きな効果を得るための目安として、成人には週150〜300分の中強度の有酸素運動なども勧められています。けれど同時に、「少しでも動くことには意味がある」という考え方も大切にされています。
だから、最初から大きな目標を立てなくてもいいのです。
5メートル歩く。
たったそれだけでも、立ち上がる、足を出す、体の向きを変える、重心を移す。
体は小さく働きます。
そして、それ以上に大きいのは、心の変化かもしれません。
「少し歩いてみようかな」
そう思って立ち上がった瞬間、脳にも気持ちにも、小さなスイッチが入ります。
今まで何となく見ていた窓の外に、ふと桜が咲いていることに気づく。
昨日からそこにあった花なのに、今日になって初めて目に入る。
外の光が少し明るく感じる。
風の音に気づく。
家の前に出たら、近所の人とあいさつを交わす。
それだけで、今日という日が少し変わります。
歩くことは、歩数を増やすことだけではありません。
景色に気づくこと。
季節に触れること。
人と言葉を交わすこと。
自分の気持ちが少し外へ向くこと。
それも、歩くことの大切な効用だと思います。
もし玄関を出て、知り合いと少し会話をしたなら、それは足だけでなく、脳にも良い刺激になります。
相手の表情を見る。
言葉を選ぶ。
前に話したことを思い出す。
笑う。
相づちを打つ。
会話は、自然な脳の運動でもあります。
そして、家に戻ったあとに、ほんの少し気分が変わっているかもしれません。
「今日は味噌汁に野菜を一つ足してみようかな」
「お惣菜に、刻みねぎをのせてみようかな」
「夕ご飯を少しだけ丁寧にしてみようかな」
そんな小さな工夫が生まれることもあります。
5メートルの一歩が、夕ご飯を少し変える。
夕ご飯が変わると、一日の終わりの気分が少し変わる。
その気分が、明日の自分を少し軽くする。
大げさに聞こえるかもしれません。
でも、暮らしはそういう小さな連鎖でできているのだと思います。
3000歩歩けなかった日も、失敗ではありません。
5メートルでも歩けたなら、その日はゼロではありません。
大切なのは、足りなかった歩数を責めることではなく、
今日できた一歩を見つけることです。
今、5メートルだけでも歩こうと思えた時、未来が生まれます。
それは、明日から別人になるような大きな未来ではありません。
けれど、座ったまま終わるはずだった一日が、少しだけ動き出す。
見えていたはずの景色に、もう一度気づく。
閉じていた気持ちが、少しだけ外へ向く。
その小さな方向転換の中に、これからの自分が芽を出します。
だから、今日は5メートルだけでも良いですよ。
窓辺まででも。
玄関まででも。
室内を二往復でも。
外の空気を一度吸うだけでも。
それは、ただの5メートルではありません。
今日の自分に、
「まだ少し動けるよ」
と伝える、小さな合図です。
そしてその合図から、人生はほんの少し、またひらいていくのだと思います。

コメント