AIは、文章を書いたり質問に答えたりする道具から、少しずつ暮らしの基盤へと変わり始めています。
車を運転し、病気を見つけ、電力の流れを調整し、ロボットを動かす。
これから先、AIは単独の技術として存在するのではなく、医療、教育、交通、仕事、家庭のあらゆる場面に入り込んでいくのでしょう。
では、AIが電気やインターネットのように、当たり前の存在になった未来では、家族の暮らしはどう変わるのでしょうか。
学校へ行くこと。
働くこと。
病院へ行くこと。
家族で過ごすこと。
便利になることは増えても、人が迷わなくなるわけではないのかもしれません。
これは、そんな少し先の未来を、星野家の妹・ひまわりの日記として描いた物語です。
※この記事は、現在見え始めている技術の方向から未来の暮らしを想像したものであり、未来を正確に予測するものではありません。
月曜日――先に自分で考えたい
今日の朝ごはんは、お父さんの蒼介が作った。
冷蔵庫の中を調べて献立を考えたのは、家のAI。調理ロボットに任せることもできたけれど、お父さんは卵焼きだけ自分で焼いた。
少し焦げていた。
お母さんの美月が、
「機械に任せた方が、きれいだったかもね」
と笑うと、お父さんは、
「きれいじゃないところが、お父さんの担当です」
と言った。
私は、その焦げたところが一番おいしいと思った。
今日の私の学習テーマは、近所の川に魚が戻る環境を考えることだった。
昔の学校は、毎日みんなが同じ建物に集まり、同じ時間に同じ勉強をしていたらしい。
今は、家で学ぶ日、地域の工房へ行く日、先生や友達と集まる日がある。
川辺で水の色を見ていると、耳元のAIが説明を始めようとした。
でも私は、
「まだ教えないで。先に自分で考えたい」
と止めた。
家に帰ってその話をすると、お兄ちゃんの湊が、
「ひまわりも、少しは賢くなったな」
と言った。
少し、というところが余計だ。

火曜日――人の手を思いながら
湊お兄ちゃんは、地域の工房へ行った。
壊れた歩行支援ロボットを修理する日だったらしい。
設計図はAIが描き、必要な部品は自動工作機が作った。でも、手で握る部分だけは、お兄ちゃんが木を削って作った。
「どうして全部、機械に作らせないの」
と聞くと、
「使う人の手を思いながら削るのは、僕がやりたいから」
と答えた。
お兄ちゃんは時々、かっこいいことを普通の顔で言う。
お父さんは午後から仕事をしていた。
お父さんの仕事は、AIがつくった町の計画を、地域の人たちと話し合いながら調整することだ。
今日は、新しい自動運転バスの経路について話し合っていた。
AIが選んだ道は、移動時間が一番短く、電力も少なくて済む。でも、その道では古い商店街を通らない。
「効率だけなら正しい。でも、町は数字だけでできていないからね」
お父さんはそう言って、商店街を少し遠回りする案も持ち帰った。
水曜日――宇宙を知ること
今日は、月の裏側から届く観測映像を見ながら、宇宙の授業を受けた。
先生は最後に、
「宇宙を知ることで、私たちの暮らしはどう変わるでしょう」
と質問した。
AIに尋ねれば、たくさんの答えが返ってくる。
でも私は、お母さんに聞いてみた。
お母さんは少し考えて、
「自分の悩みが小さく見える日もあるし、反対に、この小さな暮らしを大切にしたくなる日もあるかな」
と言った。
お母さんは病院で働いている。
病気を見つけ、治療方法を比較するのは、ほとんどAIが行う。
それでも、最も効果が高い治療を選びたい人もいれば、副作用を減らして家族との時間を大切にしたい人もいる。
その人が何を怖がり、どんな時間を望んでいるのかを聞くのが、お母さんの仕事らしい。
私は宇宙についてのAIの答えより、お母さんの言葉をノートに書いた。
木曜日――予定になかった寄り道
今日は、おばあちゃんが遠い町から遊びに来た。
自動運転車なら、家の前までまっすぐ来られる。
でも、おばあちゃんは途中で車を止めてもらい、コスモスの咲く道を歩いてきた。
健康AIには、
「予定より歩行量が増えています」
と言われたらしい。
おばあちゃんは、
「花を見る予定は、AIに入れていなかったからね」
と笑った。
夕方、家族みんなで料理をした。
献立も栄養計算もAIが済ませていたけれど、お母さんが突然、昔おばあちゃんに作ってもらった煮物を食べたいと言い出した。
予定していた料理をやめて、みんなで煮物を作った。
味は少し濃かった。
でも、お母さんはとてもうれしそうだった。
金曜日――退屈する練習
湊お兄ちゃんは、今日は何もしない日だと言って、庭に寝転んでいた。
AIが、
「現在の気分に合う活動を提案しましょうか」
と尋ねたけれど、お兄ちゃんは、
「退屈する練習をしている」
と答えた。
私は面白そうだったので、隣に寝転んだ。
しばらく雲を見ていたら、本当に退屈になった。
でも、そのあと雲が魚の形に見えて、川の研究のことを思いついた。
何もしない時間から何かが生まれることを、AIは最初から知っていたのだろうか。
夕方、お父さんも庭に来た。
三人で寝転んでいたら、お母さんが窓から見て、
「星野家は今日は充電中ですか」
と言った。
土曜日――できないこと市
町の広場で「できないこと市」が開かれた。
失敗した料理、途中でやめた発明、描きかけの絵、答えの出ない悩みを、みんなが持ち寄る日だ。
AIが多くの問題を解けるようになってから、人々は、うまくできないことや、完成していないものを人に見せる時間を大切にするようになった。
私は、川に魚を戻す研究を発表した。
AIが考えた方法は三つある。
水草を増やす方法。
川底を整える方法。
水温を調節する方法。
でも私は、こう言った。
「どの方法が一番正しいかだけでなく、どんな川にしたいのかを、まだみんなで話しています」
発表が終わると、お父さんが大きくうなずいた。
お母さんは拍手をしてくれた。
湊お兄ちゃんは、
「まあまあだった」
と言った。
お兄ちゃんの「まあまあ」は、たぶん、かなりよかったという意味だ。
日曜日――知らない道へ
朝、家族四人で散歩をした。
目的地はAIに決めてもらわず、交差点に着くたびに誰かが道を選ぶことにした。
最初はお父さん。
次はお母さん。
その次は湊お兄ちゃん。
最後は私だった。
私は、まだ歩いたことのない細い道を選んだ。
道の先には、小さな池と古いベンチがあった。
お父さんは池を見ていた。
お母さんは草花の写真を撮っていた。
お兄ちゃんは、ベンチの壊れた部分を調べていた。
私は、そんな三人を見ていた。
AIがたくさんのことをしてくれるようになって、家族が一緒にいる時間は増えた。
でも、何をするかは、前より簡単になったわけではない。
何が好きなのか。
今日はどこへ行きたいのか。
誰と何を話したいのか。
そういうことは、いつも自分たちで決めなければならない。
帰り道、私はお母さんに聞いた。
「AIが何でもできるようになったら、人間は何をするの」
お母さんは、私の手を握りながら言った。
「何でもしてもらえるからこそ、自分が本当にしたいことを探すんじゃないかな」
私はまだ、本当にしたいことが何なのか分からない。
でも今日は、この道を家族と歩けてよかった。
日記には、そう書いておこうと思う。
AIが変えるのは、仕事だけではない
これは、未来を正確に予測した物語ではありません。
それでも、すでに見え始めている方向があります。
AIは、教育、医療、交通、ロボット、エネルギーなど、さまざまな分野へ入り始めています。
子どもたちは、正解を覚えるだけでなく、自分で問いを見つけ、AIの答えを確かめるようになるかもしれません。
仕事では、速く計算することや、資料をつくることよりも、人の希望を聞き、異なる立場の間をつなぐ役割が大きくなるかもしれません。
自動運転や歩行支援ロボットは、年齢や身体の状態によって狭まりやすかった行動範囲を、もう一度ひらいてくれる可能性があります。
ただし、便利になれば、そのまま幸せになるとは限りません。
家事に使う時間が減っても、その時間を何に使うのかは、自分たちで選ぶ必要があります。
AIが最適な道を示しても、花を見るために途中で降りることがあります。
正確な料理を作れても、少し焦げた卵焼きが好きなことがあります。
何もしない時間から、思いがけない考えが生まれることもあります。
AIが当たり前になる未来では、人間は必要なくなるのではなく、むしろ、
何を大切にしたいのか。
誰と、どのような時間を過ごしたいのか。
という問いに、今まで以上に向き合うのかもしれません。
未来は、技術だけで決まるものではありません。
その技術を使って、どのような暮らしをつくりたいのか。
何歳になっても、新しい道を選び直せる社会にできるのか。
それを考えるところから、未来は少しずつひらいていくのだと思います。



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